10月14日(日)成城ホールにて、講演会・スペシャル対談を開催いたしました。
映像『医療的ケアが必要な子どもたち』
当財団理事の大川による挨拶後、講演会は10分間の映像からはじまりました。
スクリーンに映し出されたのは、”ある家族の日常”。『医療的ケアが必要な子どもたち』
先天性の難病をもつ息子のため、両親は24時間365日介護に追われています。
分単位で刻まれた医療的ケアのスケジュール。昼夜を問わず2時間おきに鳴るアラームは、体の向きを変える合図です。
医療の発展により多くの命が救えるようになった一方、退院後の生活を支える制度は追いついていないのが現状です。
医療的ケアを必要とする子どもは、全国に約1万8千人いるといわれています。
「この、寝れない状態がいつまで続けられるか。」子どもを介護する両親は、体力への不安、先の生活に対する不安、そして、社会からの孤立に悩まされています。
『医療的ケアを必要とする子どもと家族の現実~”病む”ということ~』
基調講演で登壇したのは小児科医の久保田先生です。
(久保田雅也:国立成育医療研究センター神経内科/もみじの家診療部長)
難しそうなタイトルの紹介があった直後、久保田先生の口から「今日のテーマは”逃げることのススメ”です」と告げられ、会場は一瞬どよめきました。
医師になる前、ITの技術者として就職した会社は近年、”ブラック企業大賞”を受賞したといいます。
そんな会社を退職したのは就職からたったの1年後。年功序列・終身雇用が現在よりももっと当たり前の時代に周囲からは全く理解されなかったといいます。
しかし、その経験なくして医師である久保田先生は存在しないことから、「物事を善・悪、幸・不幸の二項対立で考えるではなく、その考えの枠組みを外すことが大切である」という言葉にこれ以上ない説得力を与えます。
”逃げる”ことは決して悪いことではないのです。
小児神経医療の最前線で”治らない”病気をもつ子どもと家族と向き合ってきた経験から、「孤立し、病まないためには自分を社会システム、世間体、世論等から”逃げる”ことが大切」だといいます。
とはいえ、制約の多い医療的ケアが必要な子どもと家族にとっては逃げ道作りも容易ではありません。
そこで鍵となるのが、自分らしさを取り戻せるサードプレイスの存在です。
久保田先生が診療部長を務めるもみじの家は自宅と病院以外の別の場所という存在だけでなく、共感し合える人達との出会いを生み”自分(たち家族)はここにいてもいいのだ”という存在価値の実感を作りだしています。
『もみじの家の取り組みについて』
続いての講演は、もみじの家の内多ハウスマネージャーです。
(内多勝康:「もみじの家」ハウスマネージャー/NHKアナウンサー時代に病児と家族の医療的ケア問題を企画、取材。)
「出産時に痛めてしまった骨盤を見てもらいに、やっと病院に行けました。」
内多さんが紹介するのは、もみじの家を利用したお母さんの言葉。
医療的ケア、生活介助、保育活動を提供する短期入所施設であるもみじの家は、日頃介護に追われている家族を支える場として機能しています。
しかし、それだけではないもみじの家の可能性を、”アッキー”という少年が教えてくれたといいます。
人工呼吸器をつけたアッキーは、もみじの家を利用して初めて母親と離れた時間を過ごすことになります。
当時中学2年生。将来のことを考える年齢でもあります。
自立したい一方で医療ケアが必要なため親と離れることができなかった彼が、初めて親以外の大人に自分の意思を伝える。
それがもみじの家でした。人工呼吸器の装着も看護師さん相手の説明に悪戦苦闘。
しかしその1つ1つが自立へと繋がります。
その様子はNHKが密着取材をし、アッキーは”気象予報士になる野望”をインタビューで語ってくれました。
「いつか人工呼吸器をつけた気象予報士が誕生するのではないかと期待しています。」
会場の誰もが、内多さんと同じ期待を膨らませました。
『世田谷区の取り組みについて』
講演の最後は、世田谷区の保坂区長です。
(保坂展人:世田谷区長 )
かつて全国最多を記録した待機児童の数を半分以下に減少させることに成功し、その精力的な改革に注目が集まっている中「うちの子は、待機児童にすらなれないんです。」という声が区役所に寄せられます。
相談者は設備や福祉サービスの不足から、通わせられる保育所がないと悩む医療的ケアの必要な子どもを持つお母さんでした。
そうした住民の声が福祉サービスへの取り組みを加速させます。
一例として紹介されたのが、各種制度・サービス窓口の案内、相談先を記載した”医療的ケアが必要なお子さんのためのガイドブック”の作成。
学校への看護師配置や他地域にある医療ケアを行う保育所視察などの活動です。
今後はさらに保護者や関係者との意見交換を定期的に実施。
「ニーズに合う制度とサービスの実現に注力していくと同時に、住民の声を国に届け”国との架け橋になります!”という保坂区長の頼もしい言葉に会場の期待は膨らみます。
講演終了後にはさっそく会場から質問の手が上がり、区長に直接声を届けることができました。
ミニコンサート
三者三様の情熱あふれる講演の終了後は休憩を挟み、ミニコンサートが行われました。
演奏は、”心もハートもバリアフリーな”「誰でもコンサート」を企画運営しているアートピアさんとマザーズオーケストラのマミューズさんです。美しくも力強い音色。透き通る歌声に、会場からは笑みが溢れました。
『病は市に出せ』
ラストを飾るのは基調講演を頂いた久保田先生と、”生き心地の良いコミュニティ”の研究をされている岡先生による、スペシャル対談です。
(岡檀(まゆみ):統計数理研究所医療健康データ科学研究センター特任教授)
日本一自殺率の低い町、徳島県海部町(現海洋町)の日常を調査した岡さんは調査開始の次の日から自分が町のうわさ話の中心になっていたことを明かし、会場からは笑いが起こります。
しかし、よくよく話を聞いてみると、「他人に関心は持つが監視はしない」という風土に気がつきます。
「どこに行くの?誰に会うの?何時に帰るの?」といった声が頻繁に聞こえてくるものの、その回答に対しては特に評価されることがない”おせっかい寸前”の密な関わり合いが、心をひらかせる風通しの良い関係をつくっているといいます。
そして、田舎地域でよくみられる、秩序の維持のために選択肢のない村社会とは違い、人々をひとつの道に縛らずに必ず複数の選択ができるのが海部町での常識だといいます。
言葉は違えど、話を聞いたどの住民からも同じ考えが聞けたことに驚きと感動があったといいます。
まさに冒頭で久保田先生が話した”逃げ道づくり”を地域全体で体現してるのが、日本一自殺率の低い、海部町の秘密のようでした。
全ての講演が終わると、会場内には大きな拍手が巻き起こりました。
今回の講演会を通して、誰もがその人らしい人生を歩めるような、”すべての子どもを育む社会”を実現するきっかけやヒントになるものが見つかっていれば幸いです。
ご来場いただきました皆様、開催にあたりご協力いただきました多くの関係者の皆様へ、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。
アンケートにお答えいただいた皆様には、株式会社ロッテ提供のハロウィンのお菓子がプレゼントされました。