KidsFam通信 No.2(ページ6)

8月の夏祭り大盛況!

夏祭り 8 月6 日(日)夕方17 時から、国立成育医療研究センター中庭でTMC 商店街主催による「夏祭り盆踊り大会」が開催されました。今年もキッズファム財団はスタッフ有志が、自分たちで作った「輪投げゲーム」で参加しました。新聞紙を丸めて輪にし、その上に色ビニールテープを巻き、色水をペットボトルに入れポールにしました。
 小さい子どもから大人の方まで列を作り大勢の皆さまが参加して下さいました。輪投げを初めてする子どももいて、楽しそうに遊んでいました。中にはリベンジと言って何回もトライする子どももいました。財団が用意した可愛い消しゴムやくねくね鉛筆も好評で、あっという間になくなり大盛況でした。また大勢の方々からの暖かい募金も頂きお礼申し上げます。来年も色々と趣向を変えて参加したいと思っております。ご期待ください。
 また、8 月19 日(土)の14 時からは、「もみじの家夏祭り」にキッズファムカフェを開きました。2 階のお祭り会場で楽しんだ後、ご家族やボランティアの方々にゆっくりとコーヒーや紅茶とクッキーでくつろいで頂きました。皆様の笑顔がとても嬉しかったです。

History of KIDANI〈1〉

夏祭り 当財団理事長、喜谷昌代のボランティア活動の歴史を特集いたします。
 今回はボランティア活動の原点である、恩師、橋本祐子先生との出会いまでを紹介します。
―飛んで、飛んで、そして赤十字へ―
 昌代は大学在学中から養護施設や盲学校を訪問するなどのボランティア活動をしていました。昭和34 年(1959 年)に日本航空に入社し、客室乗務員として活躍。当時からみなが憧れる職業でしたが、その職業を目指したのには理由がありました。それは、第二次世界大戦終了の年にフィリピンで連合軍の飛行機に撃墜され亡くなった父と同じ空を飛びたいという思いからです。そのため、初めてフィリピン上空をフライトした時は、飛行機に自分で作った折り鶴をつけ、「父の亡くなったところへ飛んでいけ!」と願ったそうです。
 昭和30 年代当時の飛行機は現在のものとはかなり違い、日本からハワイまでプロペラ機で18 時間もかかる長旅でした。また、機内には休憩所もなく、休むときは段ボールの上で仮眠をとり、着物はトイレで着付けをするような状況だったそうです。
 パリ線勤務時に、日本航空パリ事務所開設に携わっていた喜谷喜夫と出会い結婚。長女出産後の昭和39 年(1964 年)に帰国しました。その時、聖心女子学院で2年先輩の美智子皇后様からご連絡があり、赤十字が募集する東京パラリンピックで働くボランティアへの応募を勧められました。そして、生涯を青少年教育に捧げられた橋本祐子先生と出会い、昌代の心にボランティア精神が植えられました。

この頃のKIDANI