KidsFam通信 No.1(ページ3)

ご家族の声

重い病気を持つ子どものご家族がキッズファム通信用に原稿を書いてくださいました。五十嵐さんと土屋さんは「もみじの
家」の利用者でもあります。しのぶさんは、本財団の設立趣旨に賛同されパートナー会員として登録してくださった方です。
どの原稿からも、我が子に対する深い愛情が読みとれます。残念ながら、五十嵐さんのお子さんの希ちゃんは、昨年10月に
永眠されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

生まれてきてくれて、ありがとう!

 希ちゃん[写真:お誕生日の希ちゃん]
 2013年8月、お腹にいる娘「希(のぞみ)」の心疾患が分かり、成育医療研究センターに転院。検査の結果18トリソミーと分かり、自分のこととは思えないくらい気が遠くなるような日々を過ごしていました。当時は周りに言えなかったけれど、お腹にいる我が子を受け入れることができず、短い命だとしても多くの疾患を抱えて親子ともに辛い思いをするなら、生きる意味などないのではないかと思っていました。
 しかし、出産直前まで受け入れられないままだったのに、その年の11月6日、苦しい状況のなか産声をあげてくれた希の姿を見た瞬間から、「可愛い、一日でも長く一緒にいたい」という思いに私の気持ちは変わったのでした。
 その後、NICUで10ヶ月過ごし、在宅へ。希が生きた2年11ヶ月は、
家族にとって人生で一番濃厚な日々だったと思います。


▲弟のタケちゃんと仲良くポーズ

 希ちゃん[写真:大好きな看護師さんと一緒に]
いつ急変して命を落としてもおかしくない我が子を守ることは、苦しいこともたくさんあり、日常のケアも難しく、睡眠不足で眠りたいと思うことが何度もあったはずなのに、振り返れば楽しかったことばかりが頭のなかに浮かんできます。NICU退院の日に、外の空気に初めて触れたとき、砧公園でお花見をしたこと、たくさんの人と出会えたこと、一日一日を生きること、当たり前と思えるようなことがこんなにも嬉しく感じられたのは希がいたからです。抱っこが大好き、本を読むとニコニコ笑う。短い命であろうと、希が残したものは計り知れないくらい大きく、今も家族の真ん中で笑っているのではないかと思います。生まれてきてくれて、ありがとう。

思わず息子をぎゅーっと抱きしめた日

 希ちゃん 現在、息子は7歳、小学校1年生です。昨年4月から特別支援学校に通っています。障害があるため、生まれてから長いあいだ入院生活をおくり、退院してからも体調が安定せず、ずっとお家から出られない生活でした。息子は無表情で笑うこともなく、私自身も毎日、日夜の別なく3時間おきにケアをしなければならず、笑う余裕もありませんでした。このままずっと家の中で子育てしていくことになるのかと、不安と心配の毎日でした。しかし、体調が悪くなって再入院したときに在宅支援室の看護師さんが、私の抱えていた不安に親身になって相談にのってくださいました。そして、就学に向けて準備を始めることになったのです。
 まず市役所に相談に行き、発達支援センターに週一日通い、集団生活に慣れる練習からスタートしました。これまで息子も私も家族以外と接する機会がありませんでしたが、支援センターに通うようになって、二人ともお友達ができ、無表情だった息子が笑顔を見せてくれるようになりました。音楽やブランコなどが大好きな息子が声をだして笑っているのを目にして、母親の私は涙が止まりませんでした。だんだんと体力もついてきて、6歳になった時には週3日に通園を増やし、私から離れる時間を少しずつ増やしていきました。その結果、支援センターの先生たちやお友達のおかげで、2年間通い卒園することができました。
 そして昨年の4月、とうとう小学校に入学しました。これまでとは違う環境での生活は、期待より心配が大きく、医療ケアが必要な息子が長い時間学校に通えるのか等々、不安がいっぱいでした。
 しかし、私の心配は無用であったかのように、学校での息子はとってもいい顔をしていました。お友達や先生と打ち解けている姿は、驚くばかりです。「学校に行くなんて夢のようなこと」と勝手に思っていたので、それはもう、言葉にできないほど嬉しい気持ちでした。ゆっくりゆっくりと、着実に前に進んでいると実感しました。
 また、一学期がおわり学校から帰ってきた息子のリュックのなかに、なんと「あゆみ」が入っていました。「あゆみ」をもらえるなんて思ってもいなかったので、ものすごく感激し、思わずぎゅーっと息子を抱きしめ、泣いてしまいました。今までずっと家にこもり、不安だった日々がうそのようです。これも看護師さんや学校の先生方にサポートしていただいたおかげです。そしてなによりも、一番頑張っているのは息子!! ゆっくりでいいから自分のペースで成長していってほしいと願っています。
 10月からは、付き添いなしで、一人で学校に通っています。満面の笑みを浮かべて帰ってくる息子をぎゅっとして、「おかえり!」と笑顔で迎えてあげたいといつも思っています。

神様からの預かりもの

 希ちゃん[写真:おはよう、花音ちゃん!]
 2012年、我が家に初孫が生まれました。「花音(かのん)」といいます。花音には大変厳しい障害があります。花音はお目めが見えません。全盲です。耳はほんの少し聞こえているのかもしれません。他にも幾つかの障害が重なる「チャージ症候群」という病名です。
 都内に住む37歳の息子から「生まれたよー! 女の子だよー!」と弾けるような声で電話がありました。それから5日ほど経って「母ちゃん、赤ちゃんっていつになったら目を開けるの?」と半泣きの消え入りそうな声で電話がありました。その日を境に喜びが一転して、いったい今、我が家に何が起こっているのか信じられないような不安と恐怖の日々が始まりました。
 せっかく生まれてきてくれた花音を泣きながら育てたのでは花音に申し訳ない、花音に失礼になる、と何度も何度も自分に言い聞かせても、涙があふれました。「神様、もし私に、いただける幸運というものがまだ残っているのでしたら、どうかそのすべてを花音に授けてやって下さい」と、土下座をするように毎日祈りつづけました。
 これが我が家の大まかな状態ですが、花音は先日4歳になりました。未だ言葉を発することもできませんが、私は泣き明かす日々を卒業し、最近は花音が私たちの元へ生まれてきてくれた意味を考えるようになりました。
 この世にどうしても健常児と障害児に振り分けて生まれなければならない定めがあるのなら、私たちは神様から選ばれ信頼されて、「この子を育ててみなさい」と託されたような気持ちになってきました。「分かりました、ではしっかり見ていて下さいよ」と神様にたんかを切るようなエネルギーが湧いてきたのです。
 我が家の孫でありながら、私の孫ではない、神様からお預かりした大切な子、そう思えるようになり、その距離感が切羽詰まった心の苦しみを少しずつほぐしてくれました。今は花音のちょっとした仕草の成長に「花音すごい! すごいよ、花音!」と大拍手をして感動!感動!の連続です。
 その一方で自分の気持ちを信じきれない不安もありました。もしかしたら私のこの気持ちは、辛さから逃れるために、神様からお預かりした大切な子、そう思い込もうとしているのではないだろうか。自信がなく怖かったのです。
 そのような折に数カ月前、神奈川の障害者施設での事件でたくさんの子どもたちが犠牲になりました。そのとき保護者の方々が全員「あの子は私たち老夫婦の生きる希望でした」、「あの子がいなくなった今、大きな支えをなくしました」とおっしゃっていたのです。こうした声を聞き、ああ私の考えは本物だった、花音のいない生活なんて考えられない、私の気持ちは本物だった、信じていいんだと、勇気をもらうことができたのです。
 花音は国立成育医療研究センターで毎月治療を受けていますが、4年前、初めて病院を訪れて驚いたことがあります。重い病気を持つ子ども専門の病院のはずなのにロビーには人があふれ、皆さん20代、30代と思える若いお母さんばかり。その誰もが我が子をしっかりと抱き、食い入るように見つめていました。私が今、目にしているのはたった一か所の病院。しかも決められたこの曜日一日だけ。日本全国でいったいどれだけの赤ちゃんに障害があるのだろうかと、想像を絶する思いでした。
 若いパパやママがこんなにもご苦労されていることを初めて知りました。これまで、のうのうと歳をとってきた自分が申し訳なく、罪悪感さえ覚えるような現場でした。駐車場には愛知や群馬といった他府県のナンバーの車もたくさん停まっています。私たちはどんなに朝が早くともその日のうちには自宅へ帰れますが、泊りがけで遠方から来られるご家族がたくさんいらっしゃることも知りました。
 「もみじの家」の存在が、心身ともに疲れ切った若いパパやママの心を癒して下さいます。そして多くの方が「もみじの家」の活動を応援して下さることを願います。

皆さまの声をお寄せください。

ボランティアの声
思いを受けとめ心をつなぐ

財団ボランティアの声をお届けいたします。ボランティアの方々がどんな気持ちで活動しているのか、ご理解いただければ幸いです。
 ボランティアの声 「重い病気を持つ子どもたちとその家族が、家族としてゆったりと充実した時を過ごせる場を」とのキッズファム財団設立者、喜谷昌代様の熱い思い、すばらしい行動力と愛情に心を打たれ、ボランティアをさせていただいています。
 「とは言え、ボランティアって、実際何をするの?」これがまず、最初の戸惑いでした。ともかく体当たりとばかり財団の扉を叩いたものの、なかなかお役に立てずに今日に至っております。
 財団支援活動先の一つである「もみじの家」を訪れて、まず驚いたのは、清潔で温かな施設が日々きちんと維持されていることと、スタッフの皆様のいつも変わらぬ笑顔とてきぱきとしたお仕事ぶりです。もみじの家のスタッフ・ボランティアの皆様とともにキッズファム財団のボランティアの私たちも、利用者の皆様にとって「もみじの家」がよりよい施設になるように様々な仕事をしています。
 ボランティアの仕事は、財団運営に関わる事務的な作業のほか、キッズファム・カフェの運営、記念写真撮影(プロの写真家による撮影)、広報誌「もみじの家ニュースレター」の作成、利用者の方々のお話を伺いよりよい施設にしていくための情報収集等々、多岐にわたっています。それぞれ担当ごとにリーダーを中心にチームワークよく活動を行なっています。
 先日、「もみじの家」利用者のお母様からお話を聞く機会がありました。その晩一緒に宿泊する小学生のお姉様がパンフレットを見て、可愛いお家に泊まることをとても楽しみに「早く学校終わって! 早く行きたい!」とおっしゃっていたとお話くださいました。「家族そろって宿泊となるとなかなか難しいので、今日はみんなが楽しみにしていたのです」とおっしゃるお母様も満面の笑顔でした。もっとこうした施設がたくさんできたらよいのにとの声も多くの方々から伺いました。
 喜谷様の思いを利用者の皆様に感じていただけた喜びとともに、その思いをつなぐ架け橋として少しでもお役に立てるようにと心新たにしています。